森博嗣『ηなのに夢のよう』(5)

「周辺にいる人間ですか?」犀川の言葉を思い出しながら、西之園はきいた。「どれくらいの規模の集団が、真賀田博士の周辺にいるのですか?」 「把握できておりません。もちろん、数人ではない。もっと大勢です」 「百人くらい?」 「あるいはもっと」 「そ…

坂木司『動物園の鳥』(2)

「寺田さん寺田さん寺田さん! 会いたかったー!」 「わ、重いよ。久しぶりだねえ、美月ちゃん」 抱き合う二人を、鳥井とボクは呆然と見つめるしか術がなかった。なんというか,ジーンズに革ジャンを着た寺田さんと、ピンクのモヘアがついたコートの美月ちゃ…

蘇部健一『六枚のとんかつ』(1)

「いいかい、今度の事件は、推理小説でいうところの人間消失というやつだった。だがね、人間消失と言うと、いかにもむずかしそうに聞こえるが、いったんそのトリックの謎が解明されてみれば、それはみんな実に単純で簡単なものなんだよ。なにしろ、食堂の見…

石田衣良『アキハバラ@DEEP』(0)

現代版『七人のおたく』+『アンドロメディア』? 「よい人生とはよい検索だ」てフレーズは面白いし、何だか村上春樹ぽいと思ったが、ガッツポーズ箇所の見当たらなさ。少し盛り上がっても、AIの語り部分で一気に寒くなってしまう罠。文体はIWGPシリー…

高田崇史『QED〜ventus〜 御霊将門』(1)

「失敬な」外嶋は憮然とした顔で眼鏡を外すと、ポケットチーフで丁寧に拭った。「自分が花粉症ではないからといって、そんな悪口雑言ばかり叩いていると、天罰が当たるぞ」 「あら、外嶋さん珍しい」美緒はイスごとくるりと外嶋に向いた。「天罰だなんて、随…

森博嗣『どきどきフェノメノン』(6)

「本当のこと言うとね、花もあったの」佳那は言った。正直なことを話すときは、とても気持ちが良い。清々しい。 「それ、普通、最初に言いますよ」水谷が抗議する。「花は、どうしたんですか?」 「枯れた」佳那は答える。言葉少なであるが、嘘はなるべくつ…

京極夏彦『邪魅の雫』(5)

「関口君もこれだけは心得ておき賜え。小説如きに己の主義主張や不特定多数に向けたメッセージを籠めるなんて行為は、海の水に食塩を入れて塩辛さを変えるようなもので、無意味この上ない馬鹿げた行為なんだ。それが届くと思うならそれは書き手の思い上がり…

舞城王太郎『好き好き大好き超愛してる。』(2)

「ねえ、奪うこと、なくすこと、分からなくなること、分かろうとしなくなること、見なくなること、見えなくなること、こういうことって悪いことじゃないよ」 ここまで無言だった僕が天井に言い返す。「それってあの三人の強盗のこと?正当化できないよ、そん…

森博嗣『少し変わった子あります』(2)

「それは、たしかに難しい問題だね」私は余裕を見せるためにそこで微笑んだ。私がこの数十年間で身につけたことといえば、冷静さを装う技術だけである。「時と場合による。そもそも、君が何故、その問題を相手に伝えたいのか、伝えることによって何を得よう…

森博嗣『λに歯がない』(3)

「今ひとつ」山吹が言い直す。 「うーんと、まあ、口をきいてもらえただけでも感謝ですね。待って下さいよ、今に凄いのを考えつきますからねぇ。加部谷が思考の総力を結集して謎を解いてみせますからねぇ」 十秒間の沈黙。その間、山吹はお茶をすすり、海月…

森博嗣『カクレカラクリ An Automaton in Long Sleep』(2)

「石碑って、いつ頃のもの?」栗城が歩きながら尋ねる。 「さあ、江戸か明治なんじゃないかな。太一、知ってる?」 「明治だと思う」太一が答えた。 「とにかく、百二十年くらいまえ」玲奈は言う。「今が、二〇〇六年だから、えっと、一八八六年か。えっと、…

森絵都『カラフル』(2)

「問題は、せっかくぼくがこの手でひろかをさらって逃げたのに、結局どこにもつれていけなかったってことだよ。ひろかと寝なかったのも、ひろかを追わなかったのも、ほんとはぼくがかしこいからじゃなくて、臆病者のせいなんだ」 かすれた声をしぼりだすと、…

江國香織『号泣する準備はできていた』(0)

タイトル買い。いろいろな女のひとが悶々と考える短編12本。1本目の「前進、もしくは前進のように思われるもの」の、筆者によって読むスピードをコントロールされているような不思議感覚。でも、それ以外は、これといってグッとくるところなし。畑違い。

森絵都『宇宙のみなしご』(1)

「陽子、あんたあいかわらずかわいくない子だね」 「いいの、今はかわいくなくたって、わたしまだ若いから。無限の可能性あるから」 「好きなだけおっしゃい。そのかわりあんたにはイクラ、あげないよ。ひとつぶたりとも巻かせない」 「いいもん。タコとうめ…

石田衣良『池袋ウエストゲートパーク6 灰色のピーターパン』(0)

シリーズを重ねるごとに、お約束パターンの渋みが出てきた感。相変わらず、すいすいと進む地の文の気持ち良さ。いまひとつどかんと来るところのない台詞でも、退屈せずに読める。装丁もよいので、シリーズ通してハードカバーで買っている。

坂木司『仔羊の巣』(1)

「よろしくね」 にっこりと差し出された手は、どこまでも白い。爪はマニキュアで美しく光り、指は細くしなやかだ。利明くんは、その手を本当に握ってもいいものか、思案しているようにも見えた。 「見かけにだまされんな。そいつは、黒豚を投げつける女だぜ」…

高田崇史『麿の酩酊事件簿 花に舞』(2)

「ここはどこ?」 「公武先生の、病院でございます」 「何で、ぼくはこんな所にいるのさ?」 「酔って、怪我をされたようで」 「いつ?」 「一昨日の晩かと」 えっ! と文磨は飛び起きようとして、またベッドにへたりこんだ。 「今日は何曜日?」 「爽やかな…

松尾由美『安楽椅子探偵アーチー』(0)

日常系ミステリィ。短編4本。ものを考え人語を操るアームチェアが、小学生の持ち込む謎を文字通りアームチェアディテクティブで解決。ガッツポーズ台詞はないが、創元の名に恥じぬぬくもり。でも、講談社ミステリーランドなほうがしっくりきそう。

伊坂幸太郎『重力ピエロ』(4)

「あれは何かの前触れだったかもしれないな。盗難の後に放火。次はもっとたちの悪い犯罪が起こる。そういう前触れだ」 「睡眠薬は、きっと不眠症に悩む社員が盗んだんだ」 「俺なんて、会社にいるだけで眠れるけどな」 「全員が全員、おまえみたいに優秀な体…

森博嗣『フラッタ・リンツ・ライフ』(1)

「どうして、トキノはそれを知ってるんだ?」僕はきいた。 ボトルの中身を全部グラスに注ぎ込んだ彼が、目だけを上げて僕を見据え、急に歯を見せてにやりと笑った。 「よくわからん」彼は首をふった。「どういうわけか、みんな、俺に話したがる。俺が聞きた…

黒崎緑『しゃべくり探偵の四季』(0)

連作短編7本。いろいろなところで起こる事件の要所要所で探偵役が現れて謎解き、てのは猫丸先輩みたいで面白いのだけど、そのわりに探偵役の人物像に厚みの出てきてなさ。事件はくだらなさも含めて面白いかも。

青井夏海『赤ちゃんをさがせ』(3)

「こんなのはどうです? サツキさんの実家は事業に失敗して、加々見さんの援助を受けてるんです。だからサツキさんは加々見さんに逆らえない」 聡子さんの手のボールペンを見つめながら、わたしは言った。 「さあねえ」 「きっとそうですよ。そもそも、サツ…

北村薫『街の灯』(3)

「いい度胸だな、女」 「格別、そうとも思われませんが」 「命が惜しくはないか」 「惜しくないわけがありません。ただ、当たり前のことがいえなければ、生きていても仕方がないでしょう」 新シリーズ《わたしのベッキー》第1作。昭和7年という時代設定、…

川島誠『800』(1)

さっき斉藤が言ってた、この前会ったときっていうのは、女子校に行ってる女の子ふたりに斉藤とぼく。背が同じくらい低くて同じくらいよく笑って同じような服着てる子たち。 四人でお茶飲んでボーリングしてご飯食べて。斉藤に言わせると、健全なグループ交際…

米澤穂信『愚者のエンドロール』(3)

戸惑いを隠せないながらも、伊原が反論する。 「で、でも先輩。密室はどうなるんです。鍵がかかってたのは」 何でもないことのように、沢木口はさらりと答える。 「別にいいじゃない、鍵くらい」 「……!」 「怪人なんだから壁抜けぐらいできないと。じゃなか…

米澤穂信『氷菓』(1)

もっともな疑問だ。文化祭の資料の在処など、たまの手紙でイスタンブールからわざわざ伝えなければいけないほど重要なこととも思えない。だがそこはそれ、姉貴のことだ。折木供恵がなにを重要と思っているかなど、誰にもわかるまい。 「手紙が来たのは確かだ…

三浦しをん『白いへび眠る島』(0)

『格闘する者に○』の痛快さは、この本には見当たらず。伝奇?冒険譚?というジャンルの苦手さもあるのだが、ガッツポーズできる台詞などがなくてひたすら残念。持念兄弟とかシゲ地とか、設定はいろいろ面白いのだけどなあ……。終盤の冒険部分は、高校生よりも…

伊坂幸太郎『陽気なギャングの日常と襲撃』(5)

「じゃあさ、僕がそこを見に行くよ」久遠が手を軽く、叩いた。 成瀬が見ると、久遠は、「あ、その目はあれだ。不安に思ってるわけだ。僕が一人でできないと思ってるんだ」とあからさまに不機嫌になった。 「心配はしていない」成瀬は笑う。 「私も一緒に行こ…

森博嗣『εに誓って』(2)

「はい」電話に出た声は明らかに国枝桃子だった。 「もしもし、先生、夜分にどうもすみません、西之園です」 「うん、どうしたの?」 「実は、バスジャックがあったんです。ご存じですか?」 「いいえ。バスジャック?」 「今も、テレビの臨時番組でやってい…

三浦しをん『格闘する者に○』(2)

「谷沢も、今日こっちに来るなんて一言も言わないで。人が悪いよな」 そんなのは前からだと思ったが、気になって尋ねた。 「なに、あんた谷沢さんとしょっちゅう連絡取り合ってるの?」 「ああ、メールでやり取りしてるんだ」 いい年して文通か。ガックリき…