坂木司『青空の卵』(6)

扉を開けた瞬間の、鳥井の動きは見物だった。彼の目線は、僕とまりおくんの間を何度も確かめるように行き来して、しまいには天井に到達したのだ。 「どうしたんだよ、鳥井」 上を向いたまま、両手を腰に当てた鳥井が言う。 「見たくねぇ」 「何が」 「お前の…

米澤穂信『夏季限定トロピカルパフェ事件』(2)

「ご、ごめんね、下駄なんて履き慣れてないから、うまく蹴っ飛ばせなくて……」 「どんな靴なら人の向こう脛を蹴飛ばし慣れてると?」 狐の面ごとかぶりを振って、 「あ、そういう意味じゃないの……。ごめんね、痛かった?」 蹴られた瞬間は目から火花が飛んだ…

米澤穂信『春季限定いちごタルト事件』(3)

ぼくは小佐内さんのような甘党ではないし、当然ココア通でもないけれど、これが自分で作るココアよりずっと上出来なことはわかる。ココアのどこが嫌いって、どうしても粉っぽい感じが残るところだ。けれど健吾のココアには、それが全然なかったのだ。 健吾は…

黒崎緑『しゃべくり探偵』(1)

――ボンビーの高田が、ナイフを買ったとは、考えにくいんやけどな。 ――ロンドンの警察は、高田の貧乏度を知らんからな。 たまに日記やファックスが挿入されるが、基本的に、場面の描写も含めたあらゆる説明をボケの保住とツッコミの和戸による漫才で行おうと…

辻村深月『冷たい校舎の時は止まる(上)』(2)

「鷹野が寝てる間、いろいろ発見があったりしたんだよ。聞いた? 校舎が五階建てになってたり」 「そう」 「鷹野、あんまり驚かなかった?」 「まぁ、一応驚いてはいるんだけどね。でも困ることでもないだろう? 二階分増えたところで、とりあえず何も変わら…

貫井徳郎『プリズム』(1)

「よっぽどの覚悟なんだな。でも、そんなに思いつめても辛いだけじゃないか。何しろ、お前には関係のないことなんだから」 関係なくはない。おれは死んでいる美津子を発見したのに、自分の保身を考えて警察に通報もせずに逃げたのだ。せめてこれくらいのこと…

矢野龍王『極限推理コロシアム』(2)

「どういうことだ」 「わかりませんね。もしその質問に私が上手に答えられたとしたら、そのほうが不自然だと思いませんか」 隔離された環境に複数人置いて疑心暗鬼もの。メフィスト賞受賞作が105円!と思って飛びついたが、うーん、不発感。最終的な答そ…

折原一『仮面劇 MASQUE』(0)

叙述トリッカーな折原本初挑戦。べつに楽しくないことはないのだけど、台詞のちっとも面白くなさ。何回か引っくり返されたりとか、構造は楽しい。が、そこだけ感。

舞城王太郎『熊の場所』(2)

この大きな恐怖を、僕は何とかしなくてはいけない。このまま抱えて今日と明日とあさってを迎えてはいけない。そう考えたのは僕が小学校五年生にしては利発で賢明で勇気を備えていたから、ということではなくて、僕よりずっと賢明で頑強で、いささか豪放磊落…

倉地淳『占い師はお昼寝中』(1)

「いやあ、参った参ったーー電車ってのに半年ぶりに乗ったらへとへとだよ。くたびれる乗り物だね、あれは」 ぼさぼさの蓬髪に手を突っ込んでぼりぼりやりながら、開口一番、恐ろしく浮世離れしたことを云っている。 「何悠長なこと云ってるのよ、普通の人は…

西澤保彦『黒の貴婦人』(1)

「あのね、警察がどうするか、なんてことに興味はないの、わたしは」タカチってば、妙に凄むような声でタックを睨む。「あなたはどう考えるのか、と訊いているの」 「え……いや、だから」トイレに行きたいのを我慢しているみたいな、そんな、なさけない顔で身…

加納朋子『いちばん初めにあった海』(3)

「お孫さんなんていたんですか」 ぼくは必要以上に大声を上げた。血のつながり云々を抜きにしても、サカタさんの周りに女っ気なんて、それこそ煙ほども感じたことがなかったからだ。 「いちゃ悪いか。一人娘の子だよ」 相手はじろっとぼくをにらみつけた。 …

加納朋子『虹の家のアリス』(1)

「どうしたんですか、改まって。私たち、いつだって楽しくおしゃべりしてますよね」 「そうやって、いつも君は笑っている」穏やかに、仁木は言った。「場合にもよりけりだけどね。いつも笑っているっていうのは、結果的にひどく不誠実なことなのかもしれない…

加納朋子『螺旋階段のアリス』(4)

「ね、ね、所長。この赤ちゃん、首が取れてしまいそうだわ」 仁木が赤ん坊を抱き上げると、脇からひどく恐ろしげに叫ぶのである。 「取れやしないよ、大丈夫」 「でも所長。こんなにぐらぐらしてる。もし赤ちゃんの首が床に落っこちてしまったら、私きっと気…

鯨統一郎『九つの殺人メルヘン』(3)

「山内といいます。犯罪心理学の学者です」 山内が抜け目なく自己紹介を始めた。 「工藤です。神南署の刑事です」 成り行き上、僕も自己紹介をした。 マスターが気をつけの姿勢をとった。 「マスターです」 見りゃ判るよ。 工藤・山内・マスターの“厄年トリ…

森博嗣『100人の森博嗣』(/)

もし、子供が「どうして勉強なんてするの? 何のためにこんなことを覚えなくちゃいけないの?」と質問してきたら、それに対する正しい答は、こうである。 「うるさい。勉強中だから、あとにしてね」 Vシリーズの解説やらエッセイ満載の、森博嗣ファン向けの…

倉知淳『猫丸先輩の空論』(1)

『ガンテツ先輩もマナちゃん先輩もいるんだよ、盛り上がってるよお。それと、生春巻きがおいしいよ、早く来ないと食べちゃうよ。大塩くんもいることだしさ。ビールもとってもおいしいんだよお、この店は。さあさ、ほらほら、呑めや歌えや、冬でもビールがう…

加納朋子『沙羅は和子の名を呼ぶ』(1)

「こらこら、見てたぞ。危ないじゃないか。運良く近くに誰もいなかったからいいようなものの……。おまえら、迂闊にも程があるぞ」 短編集。短編掌編あわせて10本。連作ものだと思って買ったので、やや肩すかし。霊の類いを出しながらもあくまでミステリィ。

高田崇史『QED 神器封殺』(2)

「ねえねえ、タタルさんも、もしも結婚したら浮気なんかするタイプ?」 「するわけがない」 「本当?」 「結婚するということは、全く他人である女性と一緒に暮らすということだろう。そんな相手は、その人だけで手一杯だ」 全国行脚の史実掘り返しミステリ…

加納朋子『掌の中の小鳥』(4)

−−それこそ私の、得意中の得意。 というのが、穂村紗英お得意のセリフのひとつである。もともと頭の回転がごく早く、運動神経も抜群にいい彼女のことだから、まず大概のことはそつなくこなすのも事実だ。だが、あまりにも頻繁にこの類いのセリフを聞かされる…

森博嗣『レタス・フライ』(5)

「あそう。じゃあ、けっこう大変なんじゃない? どうするの? 料理とか」 「あのぉ……」西之園は短い息を吐く。「大丈夫ですよ。私がいますから」 「ふうん」 「何ですか? ふうんって」 「漢字変換するまえ」 一・四五秒ほど考えた。 短編集。短編掌編あわせ…

加納朋子『魔法飛行』(6)

瀬尾さんは捨てられた子猫を見るような、戸惑いと慈しみの込もった表情を私に向けた。 「どうしたんだい? 森で迷子になった、赤頭巾みたいだよ」 瀬尾さんの口調は、相変わらず微笑を含んで穏やかだった。私は声が震えないように、つとめてゆっくりと、一語…

イポリト・ベルナール『アメリ』(3)

「奇跡が起きた」とブルトドー氏はカウンター越しに店主に言いました。 「天使が奇跡を起こしてくれた。公衆電話が俺を呼んだんだ」 カフェに入ってきて、いきなりこういうことを言い出す客が時にいるものです。店主は相手にせず、「電子レンジが俺を呼んで…

倉知淳『猫丸先輩の推論』(3)

「肉球の色は?」 「ピンクでした。きれいな桜色で、触るとぷにぷにして、撫でてやると、長い尻尾をぱたぱたさせてくすぐったがって−−」 「首輪はしていないんですね」 またぞろ感傷的になる依頼人を、私は再度遮った。私もぷにぷにの肉球は嫌いではない。あ…

加納朋子『ガラスの麒麟』(2)

「どうして閉じこもる必要があるの?」 「不安だから」菜生子の返事は短く、明瞭だった。「雷が鳴っている時に、布団をかぶるようなものですよ。誰だって、不安からは逃れたいんです。そして人間の不安感って、その原因の多くは人間にありますよね……うんと煎…

積木鏡介『歪んだ創世記』(1)

全ての座標系から見捨てられた空間。時間も場所も分からない奇妙な「場」。あらゆる因果関係から排除された世界。 メフィスト賞漁り。メタメタしくて気持ちわるかった。「はいはい流水流水」と感じ、2/3あたりで挫折。

伊坂幸太郎『陽気なギャングが地球を回す』(7)

「慎一、行こう。つべこべ言っている響野さんなんて放って、僕たちだけで行こう」久遠は出口に足を踏み出す。「まったく非協力的なんだからさ。僕が世の中で許せないものはね、料理に入ったパイナップルと、非協力的な大人と、それから『さっきのワースト三…

恩田陸『六番目の小夜子』(2)

「あら、あたしは思ったことを口に出してるだけよ。可愛いもんでしょ、正直で。秋くんなんて、いっつも人のことジロジロ観察して楽しんでるじゃない。いやらしいったらありゃしないわ」 秋はギクリとした。 「やあね、バレてないと思ってるわけ? あたしを誰…

加納朋子『月曜日の水玉模様』(3)

「馬鹿みたい。だってそうでしょ? そんなこと言うくらいなら、つきあう前に彼女に聞けば良かったのよ。『あなたは素直で従順でかわいいですか』って。きっと彼女なら、その正反対だって答えたでしょうよ」やや辛辣にそう言い放ってから、陶子は肩をすくめた…

北村薫『冬のオペラ』(3)

「伊勢君がね、わたしのこと嫌いなんだって。《可愛げがないから》って。《どういうこと!》っていったら、−−説明し始めるんだよ。失礼しちゃう。聞いてるんじゃなくて怒ってるのにさあ」 名探偵・巫弓彦と記録係・姫宮あゆみ。《円紫さんと私》シリーズと似…