北村薫『夜の蝉』(2)

私は、円紫さんの顔を穴のあくほど見詰めた。それからいってやった。
「円紫さんて、可愛くないですね」
「いや、可愛いですよ。あなたにはかないませんが」
「もう」
私はわずかにこぶしを挙げて、こらしめる真似をした。円紫さんは頭を下げた。
「参りました」

《円紫さんと私》シリーズ2作目。短編3つ。耳折り数の少なさは、ページをいくつもまたいだニヤリが多いからで(そこだけ読んでわかる面白い部分しかカウントしない)、何だかにやにやしながら読んでいた。台詞も地の文(《私》の語り)もやさしい空気でむんむんなので、ひとの悪意が語られるときなどは、ぞくりとする。テーマは「時、そして愛」とか。