古泉迦十『火蛾』(3)

「愚昧、なのですか?」
「唾棄すべき愚昧だ」影はきびしい調子でいった。
「生と死は神の手にあるにもかかわらず、自らの定めし生と死という言葉に懊悩する愚昧。魯かなるかな。言葉を識るがゆえに、言葉を得て満ちたりる人の無知よ」

12世紀の中東、という舞台の取っ付きにくさがあるが、物語の核要素となるイスラームについての解説はわかりやすく、200頁という短さも手伝い、読み始めてしまえばそのうち読み終わる、というさらり感。結末の上手さに騙されているのかしら。決して愉快なおはなしではないが、「ああ、ミステリィ読んだわ」という満足感は心地よい。