北村薫『水に眠る』(4)

「水割りです」
 まるで、ルール違反をした初心の選手を、審判が諭すような口調だった。
「どういう水なんですか」
「さあ……、どうしましょう」
「企業秘密ですか」
「そういうことで皆さん、納得して下さるのですが」
「それ以上はもう聞かない?」
 マスターは軽く頷き、
「はい。紳士的な方ばかりでして」
 わたしの唇の端は羽根毛のようにふわりと浮き、自分でも知らないうちに微笑んでいた。
「でしたら、そろそろ、しゃべりたくなる頃ですよね」

短編10本。多少純文風味など感じつつ。全体に漂う、村上春樹的な空気。表題作は特に。