米澤穂信『春季限定いちごタルト事件』(3)

 ぼくは小佐内さんのような甘党ではないし、当然ココア通でもないけれど、これが自分で作るココアよりずっと上出来なことはわかる。ココアのどこが嫌いって、どうしても粉っぽい感じが残るところだ。けれど健吾のココアには、それが全然なかったのだ。
 健吾はにやりと笑った。
「わかるか。なんならコツを教えてもいいぞ」
「いや、別にいいよ」
「まあ聞け。手順一つでなかなか味が変わるんだ。ココア一つでこれなら、料理人はなるほど技術者だと思ったよ」
 まあ聞け、なら、なにも聞くかどうか問わなくてもいいのに。
「手順? 塩は砂糖のあとに入れるとか?」
「ほう。ココアに塩を入れるやり方もあるのか」

本年度に入って初めて当たりを引いた気。日常系ミステリィ連作短編集(で良いのかな)。探偵役癖を押さえる小鳩くんと執念深さを押さえる小佐内さんの、一介の小市民を目指す、すてきな互恵関係。高校生青春ものと創元とが結びつかなそうに思っていたが、立派な創元系。小鳩くんや小佐内さんの過去も含め、いろいろと敢えて書いていないことが多い雰囲気。《小市民》シリーズとして続編もあるようなので、見つけたら買い。