鯨統一郎『なみだ研究所へようこそ!』(3)

「すいません小野寺さん。ぎりぎりになってしまって」
「あら、いいのよ。波田先生も少し遅れるようだから」
「遅れる?」
「寝坊したんですって。『日曜洋画劇場』を最期まで見たから朝起きれなかったって言ってたわ」
 子どもかあの女は。
 ぼくの胸にふつふつと怒りの泡玉が湧き上がった。徹夜までして講義の準備をしたぼくがこうやって激走のあげく時間通りに来ているのに、十一時に寝た波田煌子が遅刻だと?
 入り口のドアが開いた。小柄で野暮ったい波田煌子の姿が見える。
「すいません遅れて。走れば間に合ったんですけど、あんまり急いで事故にでも遭ったら大変だと思って、あえてゆっくり歩いてきたんです」

短編8本。メンタル・クリニック〈なみだ研究所〉で、知識はないのに患者の悩みを見抜いてしまう伝説のセラピスト波田煌子に、セオリー一辺倒な松本清が振り回されるお話。波田煌子は、何だか、ホームズの匂い。同じパターンのお話ばかりなのが残念。中編か長編で一本ごつい謎を解いて欲しいと思った。