霧舎巧『マリオネット園 《あかずの扉》研究会首吊塔へ』(1)

「そこで、きみはこう思わないかな? それじゃあ、同じじゃないか、と。こういう実験をおこないました、という情報を得たのも活字なら、その実験は嘘でしたという《事実》を知ったのも活字。どちらも同じ情報源なのに、どうして後者の活字だけを真実と決めつ…

霧舎巧『ラグナロク洞 《あかずの扉》研究会影郎沼へ』(1)

「四角い紙に書かれた時点で、ぼくたちは視点を固定されてしまうんだ。それが渋谷進平の仕掛けた罠だった。いや、彼に悪意はないから《遊び》だったと言ったほうが正しいかもしれないが」 《あかずの扉》研究会シリーズ、3作目。これまで後動さんに隠れて今…

霧舎巧『カレイドスコープ島 《あかずの扉》研究会竹取島へ』(3)

「なるほど、あんたが後動さんの天敵か?」 代わりに食いついたのは鳴海さんだった。 「あたしが捕食者で、後動悟が被食者という関係でいいのなら、いかにもあたしは天敵だ」 「そうか、それじゃあ生態系が狂ってしまうか。被食者に負かされた捕食者なんて聞…

田口ランディ『コンセント』(1)

「それは、話すとものすごく長いし、まだあなたには話したくないな。今のあなたに話そうとしてもわたしはきっと自分の体験をうまく語れないと思う。朝倉さんはどっかで、私をオカルト趣味だと思って軽蔑しているでしょう。私に起こったことはどんなに奇妙で…

加納朋子『ささら さや』(1)

いつだったか俺が、「山田の授業、つまんねーよなあ。俺なんか、気がついたらいつも寝てるもん」と言ったら、「『気がついたら寝ていた』というのは表現として明らかに矛盾しているな。『気がついたら起きていた』と言うべきだ」などとたしなめられたもので…

北村薫『水に眠る』(4)

「水割りです」 まるで、ルール違反をした初心の選手を、審判が諭すような口調だった。 「どういう水なんですか」 「さあ……、どうしましょう」 「企業秘密ですか」 「そういうことで皆さん、納得して下さるのですが」 「それ以上はもう聞かない?」 マスター…

倉知淳『日曜の夜は出たくない』(3)

「ちょっとお、どうにかしてくれよお、船頭さん、オレ泳げないんだからよ」 シゲが泣いて訴えると、相手は猫みたいにまん丸な目を向け、 「どうにかって云っても、僕だってこんな荒れた海で泳ぐ趣味はありませんよ。こいつはもうどうにもなりませんな。それ…

加納朋子『ななつのこ』(3)

「さあ、そろそろ僕らも退散しないと」 快活に瀬尾さんが言った。 「そうですね。私たちにできることはもうないもの。結局、世の中なんて、うまくいくか、いかないかのどっちかよ。まあ統計学的にみて、五十パーセントはうまくいくわけですよね。四捨五入し…

北村薫『リセット』(3)

「あれはよかったね」 ぽつんと一言なので、わたしが付け足しました。 「目から鱗?」 優子さんは、真新しいセーラー服の似合う、きつめの顔をこちらに向けました。 「鱗−−鱗が落ちるというより、《鱗があるかも知れない》と教えてくれたん。そこが尊いんや…

西澤保彦『人格転移の殺人』(1)

「だから、どうしてたったそれだけのことで? デートの相手が他の女性に話しかけた、なんて些細なことで、どうしていちいち、殺意なんか燃やさなきゃいけないの?」 「表層的にはそれだけのことでも、深いところでいろいろと複雑な要因があったんだろうな。…

宮部みゆき『我らが隣人の犯罪』(0)

短編5本。宮部本再挑戦。ああ、楽しめているのに耳折れない歯痒さたるや。それぞれちゃんとグッとくるところがあるのに、会話萌えびととしては、ガッツポーズしきれない。もう少しユーモアを振りまいてくれれば、きっとたまらなく好きになれる気がした。宮…

高里椎奈『銀の檻を溶かして 薬屋探偵妖綺談』(3)

「一時休戦だ。出かけよう」 「−−−−桜庭さんのところですか」 「うん、手土産を忘れるな。あいつは何故か僕の顔を見ると、十回に十回機嫌を損ねるんだ」 メフィスト賞漁り。奔放で行動は読めないが知能が高くてキングなひと、クールで敬語で長身で理系メガネ…

筒井康隆『文学部唯野教授の女性問答』(/)

唯野教授=筒井康隆が、女性の問いに答える形で、さまざまな蘊蓄を垂れる。昔読んだ『文学部唯野教授のサブ・テキスト』はわりと楽しめた記憶があるのだが、こちらは、どうも、企画倒れ風。筒井康隆のすごさと読物としての面白さは、全くの別問題。

宮部みゆき『クロスファイア(下)』(1)

「……怒った?」にやにやしながら、浩一が訊いた。 淳子は返事をしなかった。 「ボーイフレンドとか、いたことある?」 淳子は黙り続けた。 「俺はね、昔っからガールフレンドは大勢いた」 淳子は窓にぶつかるみぞれの粒を数え始めた。 軽口な木戸浩一の出現…

宮部みゆき『クロスファイア(上)』(0)

満を持しての初宮部本なのに、大いに外した感。超能力者の主人公が正義の名の下に法の裁きから逃れた極悪人を焼き殺すお話。ミステリィには見えないし、やはりこれは純粋にSF、なのだろうか。シリアスなお話とはいえ、ここまでウィットに富んだ会話もなし…

北村薫『ターン』(3)

泉さんは、こういう顔をしていたのか、と思った。それは、すっと電話の声に重なった。 「会ってるじゃないか」 そういわれて、一瞬、震えた。泉さんは続けた。 「面と向かったって、会ってない人たちはいくらもいるよ」 時と人の3部作、第2作。交通事故以…

鯨統一郎『なみだ研究所へようこそ!』(3)

「すいません小野寺さん。ぎりぎりになってしまって」 「あら、いいのよ。波田先生も少し遅れるようだから」 「遅れる?」 「寝坊したんですって。『日曜洋画劇場』を最期まで見たから朝起きれなかったって言ってたわ」 子どもかあの女は。 ぼくの胸にふつふ…

西澤保彦『依存』(2)

「とりあえずオレが勝った――そういう形を整えてあげればいいの。こちらの被害は最小限にとどめる形で、ね。きっと彼、思い切り破壊衝動を満足させられて、せいせいしていることでしょうよ。せいせいした瞬間にカノちゃんに対する執着も消える――要するに、そ…

北村薫『月の砂漠をさばさばと』(3)

お母さんは、あの時、最期に真剣な顔になりました。名字の方が替わるということについて、考えてくれたのです。 お母さんの心の中に浮かんだのが、どんな思いだったか、さきちゃんには、はっきりとしません。でも、お母さんが何かを考えたーーということだけ…

古泉迦十『火蛾』(3)

「愚昧、なのですか?」 「唾棄すべき愚昧だ」影はきびしい調子でいった。 「生と死は神の手にあるにもかかわらず、自らの定めし生と死という言葉に懊悩する愚昧。魯かなるかな。言葉を識るがゆえに、言葉を得て満ちたりる人の無知よ」 12世紀の中東、とい…

鯨統一郎『新・世界の七不思議』(5)

「はあ?」 静香はカクテルグラスを手に持ったまま口を開けて宮田を見つめた。 「ねえ。“はあ?”よりもっとおどろいたときの、しかも軽蔑のニュアンスを含んだ感嘆詞ってなかったかしら。いま使いたいんだけど」 『邪馬台国はどこですか?』に続く、歴史上常…

北村薫『スキップ』(9)

「――わたしは、あなたにとって、お話であり、絵であり、音楽。――そして風なのよ」 新田君。あなたも、わたしにとってそうなのよ。 「――愛してちょうだい。好きになってちょうだい。ありがとうというわ。でも、でも――手をつなぐことは出来ない」 非ミステリィ…

西澤保彦『子羊たちの聖夜』(5)

「――待ちなさいっ」 出ていこうとした僕たちを、和見がそう呼び止めた。怖かった。振り返って背後を見たロトの妻は、塩の柱となった――そんな旧約聖書の一節が、思い起こされる。 だが結局、振り向いた。タカチも僕も。 「あなたたち、何歳? まだ結婚なんか…

西澤保彦『麦酒の家の冒険』(2)

「ちょっと待て。寝るために、というのはそれは、文字通りの意味なのか? 男と女が一緒に寝る、とかそっちの方の意味ではなくて、睡眠をとる、という意味の?」 「そうです。その人物というのは多分独りだと考えられますから」 「そりゃ独りだったら、エッチ…

時雨沢恵一『キノの旅 ―the Beautiful World―』(1)

「おそらく相手の狙う先と、目と指の動きを見ているんだろう。前二戦ともああやって、パースエイダー使いを倒した」 「凄いじゃん。世界は、美しいかどうかは知らないけれど、広いね」 「今日は積読塔から本を抜いてくるのを忘れた」「暇なバイト時間が目の…

鯨統一郎『すべての美人は名探偵である』(2)

「そうですか。でも食事だけじゃなくてシェイプアップの知識は持ってないでしょう」 「それは末安君に任せる」 「末安幸奈ですか?」 「そうよ」 信じられない発想だ。幸奈はガリガリの躰をしている。 「彼女、体型は貧弱に見えるけど、貧弱だからこそ、シェ…

鯨統一郎『悪魔のカタルシス』(1)

「まず化石の研究によって判ったことから話そうか。この化石を発見したというだけで、お前の名前は人類の歴史に永遠に刻まれるぜ」 「そうかな」 「もし人類の歴史がこの後も続けばの話だが」 悪魔の化石を見つけてしまった主人公が、まわりの誰が仲間かわか…

高田崇史『試験に敗けない密室 千葉千波の事件日記』(3)

「で、でもさ、慎之助。お前なんて、タクシーに乗った途端にいびきをかいちゃって、行き先なんて何も気にしてなかったじゃないか!」 「なんだと! 責任を転嫁するのか! この転嫁という言葉には再婚という意味もあるが、今はそっちじゃない方だ」 「あっ! …

鯨統一郎『邪馬台国はどこですか?』(7)

「気のせいかしら? いま宮田さんが東北って言ったような気がしたんだけど」 「耳はいいようだな、早乙女さん」 「じゃあやっぱり本当に言ったのね? へたなジョークを」 「ジョークじゃない。邪馬台国は東北にあったんだ」 「ひとつ訊いていいかしら?」 「…

森博嗣『τになるまで待って』(6)

「貴女って、いちいち言葉に刺があるの」 「いえ、客観的に……」 「やっぱり、家族の愛情が注がれなかったことがいけなかったのかしら」 「そう、充分に四十代に見えます」 「まあ……」叔母はテーブルに両手をつく。「私ね、これでも、三十八歳で通ってるのよ…