清水義範『死神』(5)

どうして、たまたまきいた故人の一言の中に、その人の存在を折り畳んでつめこんでしまうのか。そんなふうにとられるなら、あんなこと言わなきゃよかったと故人が思うのかもしれない、という発想がそこにはまるでない。なぜなら、死者には発言権がないからで…

西澤保彦『スコッチ・ゲーム』(6)

「単にひねくれてるだけですよ、菓さんて。やんちゃ坊主みたいに」 「ひねくれている。それこそ、大人の証というものだ。おまえもね、わたしの横で、じっくりとこの政治的手腕を見届けなさい。えーと」と、銀縁メガネから千帆に視線を戻す。「それで、何の話…

北村薫『朝霧』(再4)

「髪が短くって、男の子みたいだったわね」 「成長したでしょう」 「髪がね」 広島の地で、ようやく発見。《円紫さんと私》シリーズ第5作。以前図書館で見つけたときにはとても急いで読んだのだが、今思えば、ずいぶんもったいないことをしたものだ(それで…

西澤保彦『解体諸因』(6)

「特にとりたてて変だとも思えませんが」変な方向に話が進んでいるなと思いながらも祐輔は腕組みをして首を傾げる。「どうだろう。藤岡さんはどうですか。ああいう類いの雑誌を見たことは?」 「あります。ありますけど、やはり男性のためのものだなと思いま…

北村薫『覆面作家の愛の歌』(6)

「南条はさ、舞台じゃ、河合さんのことを思うように動かしたわけだよね」 外では、南条弘高が呼び捨てになっている。気に入らないところがあるのだろうか。 「そうですね」 「歩かせることも、寝かせることも、恋をさせることも、死なせることも、何でも出来…

清水義範『虚構市立不条理中学校(全)』(再4)

「いや、今蓬原さんがおっしゃった、それ、です。その、それは、何をさしているのか、という問題が国語の試験にはよくありますでしょう」 「ああ、そうですね。そう言えばよくあります」 「そう言えばの、そう、は、どうなのか、というタイプの問題です。そ…

高田崇史『QED〜ventus〜 熊野の残照』(5)

あのね、と桑原さんは三人を見た。 「きみたちは、自分で調べようという気が全くないのか?」 「ありますあります」沙織さんが、タッと手を挙げる。「自力でタタルさんに訊く」 隠された歴史を解き明かすQEDシリーズも、はや第10作。今回は、奈々や崇と同…

西澤保彦『完全無欠の名探偵』(5)

超常的な“力”に導かれているという前提に立てば黙っていても真相は向こうからやって来てくれる筈だ。態度としてはいい加減かもしれないが理屈としてはそうなる。つまり論理的に推論を進めたりすることなぞ不要ということだ。自分で何かしようなどと思わずに…

北村薫『朝霧』(/)

しかし、私は聞いてしまった。というよりは、何かが崩れて行く様を見た、といっていい。 無数の人が私の前を歩き、様々なことを教えてくれる。私は先を行く人を、敬し、愛したい。だが、人に知識を与え、経験を与える《時》は、同時に人を蝕むものでもあるの…

山田悠介『リアル鬼ごっこ』(0)

折るところなし。外したとわかったときに偏在するごみ箱のいずれかにスローインできるだけの決断力を得たいと思った。最後の一行で大逆転!を狙える本か否かなど予測可能だというのに、それでも投げられない。褒めどころのない描写、思わず顔を背けて笑って…

山田詠美『僕は勉強ができない』(再5)

「おじいちゃん、うちって貧乏だね」 「ふん、貧乏ごっこをしているだけだ」 「それを一生続けるのを貧乏って言うんだぜ」 短編9本。ずいぶん昔に読んだ本を、出先のブックオフで見つけて購入。3冊目。正直な主人公と変わり者の周辺人物が織り成す痛快系青…

北村薫『盤上の敵』(4)

「……だとすると、鳥以外に食べられると困るから、……動物を殺してしまうんですか」 「そうかも知れない」 「利己主義ですね」 先生は、ふん、と笑って、 「まあ、人間に比べたら、どうということもないだろう」 ほのぼのばかりが北村本でない。穏やかな文体の…

森博嗣『森博嗣の浮遊研究室5 望郷編』

入試の監督をするたびに思うのだが、どうして、試験の答案用紙って、あんなに大きいのだろう? 机より大きかったりする。しかも何枚もある。日頃あんなに大きな紙に文字を書く機会ってないのでは? 配ったり回収したりするのも大変だし……。なかなか変わらな…

京極夏彦『姑獲鳥の夏』(再19)

「そうか、じゃあ僕は脳に騙されることがなくなったのかい?」 「いや、それはないよ。君は生きている間中、永遠に脳に騙され続けるんだ。ただ、偶に疑う余裕ができただけさ」 「じゃあちっとも治療になってないじゃないか」 「だって君は最初(はな)から正…

綾辻行人『十角館の殺人』(1)

「振られたんだろう、オルツィに」 うっと声を呑んで、カーは血が滲まんばかりに唇を噛んだ。 「でも、エラリィ、カーが犯人なら、死体を整えてあげたりはしないでしょう」 嘲笑混じりにアガサが言い放った。 「カーはそれをしない唯一の人間よ」 本格本格し…

北村薫『覆面作家の夢の家』(3)

「岸田今日子さんだったか、マリエンバートで庭園の写真を撮って来たといいます。贅沢がしたかったんですって」 「ほう」 「その贅沢というのが、一年経ったらアルバムに貼って、脇に書くことなんです。《去年、マリエンバートで》って」 《覆面作家》シリー…

北村薫『六の宮の姫君』(3)

榊原さんは、日本酒をくいくいと飲んだ。水のように、といいたいが、水だったらあんなには飲めないだろう。 《円紫さんと私》シリーズ第4作。事件はなく、《私》の卒論の題材である芥川龍之介まわりのいろいろをときほぐしてゆく。日常に潜む謎を解き明かす…

森博嗣『ダウン・ツ・ヘヴン』(4)

「勝てると思う、というのと、五分五分、というのと、どっちが本当? だいぶ食い違っていると思うけど」甲斐は真剣な顔に戻った。まだ僕を見据えたままだ。 「五分五分だったら、勝てます」僕は答える。 「意味がわからない」彼女は首をふった。 「客観的な…

北村薫『秋の花』(4)

もっともよく聞くと、発表当日の土曜日曜には九州からしっかり背の君がいらっしゃるそうだ。彼氏は今年卒業した、そのサークルの先輩なのだから、来て当たり前といえば当たり前だが、まあ、脇で見いている立場としては肩をすくめて《御馳走様》といいたいと…

北村薫『覆面作家は二人いる』(4)

読んだ人は殆どいなかったようだが、数少ない何人かはわざわざ電話をくれた。 ライバル誌の編集からも紹介してくれといって来た。 「ああ、すみませんが、あの人、対人恐怖症なんですよ」 それじゃあ担当のお前は猿かといわれた。 《覆面作家》シリーズ第1…

北村薫『夜の蝉』(2)

私は、円紫さんの顔を穴のあくほど見詰めた。それからいってやった。 「円紫さんて、可愛くないですね」 「いや、可愛いですよ。あなたにはかないませんが」 「もう」 私はわずかにこぶしを挙げて、こらしめる真似をした。円紫さんは頭を下げた。 「参りまし…

北村薫『空飛ぶ馬』(6)

「それで、寂しくないのでしょうか」 「寂しいでしょう。そして、それを意識し始めたら余計寂しくなるでしょう」 「そのままでいいんですか」 「いい悪いということには答えようがありません。とにかく二人は寂しさに負けるほど−−」 円紫さんはしばらく沈黙…

森博嗣『毎日は笑わない工学博士たち I Say Essay Everyday』

今日、39になりました。3とか9という数字は嫌いなのですが、13は好きなのです。39は13の倍数だから少し好きかな。 森博嗣氏のウェブサイト上で公開されていたウェブ日記の1996年8月から1997年12月までを抜粋して印刷したもの。ミステリィの中で多くの登場人…

清涼院流水『19ボックス 新みすてり創世記』(3)

淡々とした口調で、「探偵役」なる謎の人物は解説を始めた。小説が壊れていく……地の文も会話も解体され、箇条書きのような調子で解決へと流れ込む。聴衆による、わざとらしい驚きのリアクションや単調な相槌もなく、読者の推理する様々な可能性、ダミーの解…

森薫『エマ』1〜5

「レディーに必要なのは崇拝者/あたくしただひとりの為に火中も辞さずの騎士道精神」 しっとり。あまりうかつなことばを吐きたくない。

殊能将之『黒い仏』(2)

中村にとって、ホークスの勝敗は天気のようなものだった。 「今日は朝から晴れて、いい天気ですね」 と言うかわりに、 「昨日、ホークス勝ちましたね」 と挨拶すれば、とりあえず会話は成立する。 ただし、 「若田部がいいピッチングしたよね。去年に比べて…

霧舎巧『ドッペルゲンガー宮 《あかずの扉》研究会流氷館へ』(5)

「そうね。大事なのはわかることじゃなくて、わかってあげることなのよね。これって、人間が生きていく上でとっても重要なことだと思うわ」 メフィスト賞受賞作漁り。勇者・戦士・僧侶・商人・遊び人、といった感じのキャラクタが揃っている《あかずの扉》研…

清涼院流水『コズミック 世紀末探偵神話』(4)

「−−なんなら賭けてもいい。どうですか、総代?」 城之介の挑発に鴉城は応じなかった。腕組みをし、苛立ちを隠さずに言った。 「その賭けは不成立だ、龍宮。それは真実だからな」 ブックオフの105円棚で回収。楽しくないことはないけど、ガッツポーズは(…

古処誠二『フラグメント』(1)

返す言葉に詰まると、小谷はすぐに黙りこむ。このときもトイレを認めるとも認めないとも言わなかった。 「おかしなマネするなよ」 「お前がおかしなマネしてんだよ」 一冊通して見るとべつにつまらないというわけでもないのだけど、これといってガッツポーズ…

殊能将之『ハサミ男』(7)

「やめろと言いたいのか」 「いや、そんなことを言うつもりはないね」 医師はすぐに、いつものからかうような口調に戻って、 「きみの好きにするがいい。きみのやりたいようにすればいい。ただ、きみには自分が何をしたいのか、まったくわかっていないだろう…